紙の本を手に取る:「そうか、もう君はいないのか」(城山三郎)中古本
2025年 01月 18日
ひょんなことから、15年前に書いていた自分のブログの記事を見つけた。
それは、読書記録。
5~6冊の本の題名と、簡単な感想が書いてある。
どの本も読んだ記憶が無い。
そればかりか、「そんな題名の本があるとは」という本もある。
人の記憶の頼りなさ。
いや、私だけか・・・。
その中の1冊「そうか、もう君はいないのか」という城山三郎さんの本が気になった。
Amazonのサイトへ行くと、まず電子書籍があり、次いで中古本が並んでいる。
新品は無いのかと思ったが、電子書籍を開くと、文庫本はある。
ハードカバー本の新品が無いようだ。
中古本をポチって買った。
値段は、¥261-だった。
モノを増やさないために、最近は電子書籍を買うようにしているが、
この本だけは、紙で読みたかった。
すぐに手元に届いた。
「美品」ではあるが、中古本。
経年劣化や、若干の使用感が認められる。
¥261-で入手したが、元は¥1,200-(税別)もしていた。
2008年 6刷 とある。
城山三郎さんの人気が うかがえる。
この本は、どんな持ち主の手を経て、私のところにやって来たのだろう。
元の持ち主のことを思いつつ手に取る。
表紙の紙質は手になじみやすく、
片手で持ち支えられるサイズ。
重くもなく、軽くもなく、それでいて確かな存在感がある。
白黒を基調としたカバーのデザイン。
「君」の文字の色だけ茶色く薄く、
「君」の存在の大きさが伝わってくる。
誰もいない椅子の上にクッションが置いてある。
線だけで描かれた椅子。
濃淡で色づけされて描かれているクッション。
クッションだけが実在しているかのようであり、
誰も座っていないことで、
ここに座っていた「君」は、もういないのだという現実が伝わってくる。
それとともに、
「君」はいないが、確かに「君」は存在していること、
見えないけれど、クッションの上には「君」が座っている、
そんな、城山さんの思いが凝縮しているように感じた。
手の感触と肉眼で見える世界観。
紙の本は、よいものだ。
by akanesasu0124
| 2025-01-18 06:41
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